第49回愛媛マラソン大会(45秒の重み・・・)2011/02/07 15:47

 『まつやま未来創造会議メンバー』

 2月6日(日)、第48回愛媛マラソン大会から1年の時を経て、ついに第49回愛媛マラソン大会当日を迎えた・・・。(社)松山青年会議所の私をはじめとするまつやま未来創造会議メンバーたち(ブルージャンパー隊)は、松山市民の皆様並びにランナーたちへ最高のおもてなし(いも炊き・写真撮影・応援)を行うべく、早朝6時に城山公園堀之内に集結したのであった・・・。奏来は4時30分に叩き起こされ、夢見心地の中にも関わらず、妻の車で私を城山公園堀之内まで送ってくれた・・・。
 まだ日も昇らぬ暗い最中、2日前より本日の設営段取りされた花園号が、城山公園堀之内に到着した。そして到着するや否や、いも炊きブース・写真撮影ブースの設営が、まつやま未来創造会議メンバーによって成されていった・・・。集合してから1時間30分程ですべての設営が完了し、マラソン大会スタートの合図が起こるまでの間、各グループごとに分かれ、イメージトレーニングを行うことにしたのであった・・・。私自身も次第に緊張感が高まっていった・・・。
 昨年とは大きく違い、言い訳できない最高のコンディションで迎えた第49回愛媛マラソン大会。城山公園堀之内で準備を整えた愛媛マラソンランナー5070人は、A~Eブロックの5ブロックに分けられ、スタートの合図であるピストル音が鳴らされるのを、ただじっと待っていた・・・。そして、時計の針が9時30分を指したと同時に、野志市長からスタートを告げるピストルが鳴らされ、第49回愛媛マラソンは盛大にその幕を開けたのであった・・・。
 スタート早々に、県庁前にて(社)松山青年会議所応援隊の皆さんから、大きな応援を承った私たちランナー・・・。自分たちのペースを守りつつ、イッパチ会山路くんと共に前へ前へと進んでいく。昨年とは違い、足の状態も万全であった為、モチベーションは最高だった・・・。沿道から大声援が聞こえてくる中、本町通りを越えて、ちょうど5km地点にあたる門屋組本社前までテンポよく辿り着くことができたのであった・・・。そこには、門屋組本社窓に掲げられた「愛媛マラソン出場 門屋社長めざせ!!完走」の看板、そして、いつも会社を支えてくれているマル留戦士たちが法被着用の下、マル留社旗を振りながらランナーたちへ大声援を送っていた。両親、家族も駆けつけてくれて、大きな大きな勇気をもらった私たちは、さらに前へ前へと進んでいった・・・。
 マル留法被を羽織って走る私に、「おい、門屋組頑張れよ!!!」「マル留万歳!!!」と声を掛けてくれる沿道からの愛ある地域の応援隊の皆さん・・・。愛ある地域からの応援は、心の芯まで浸み渡った。10K地点に到達し、いよいよ北条バイパスにある2つのトンネル越えをしなくてはならない。「絶対に完走するぞ!!」と心に念じながら、さらに前へと足を進めた・・・。
 15K地点に到達した頃、西平と背中に書かれた赤い法被のランナーに遭遇した。昨年(社)松山青年会議所をご卒業された、我ら08会の西平会長だった。苦しい足取りだったが、後ろから「前へ行こう、前へ行こう!!」と声を掛け、ランナー同士でエールを送り合った。この瞬間がマラソンランナーにとって一番の至福の時ではなかろうか・・・。再び勇気を得た私は、さらに前へと駒を進める・・・。
 20K地点の看板が見えてきた。昨年はここで足切りされたこともあり、かなりのトラウマとなっていた私だが、ついに昨年を超える快挙を迎えることができたのである。折り返し地点を通過し、さらに前へと足を進めていった・・・が、ここでとうとうアクシデントが発生したのであった・・・。
 いきなり足に激痛が走る・・・。そして、あり得ない方向に力が掛かり、突然動けなくなってしまった・・・。急遽道の脇で足を伸ばして、応急処置を施した。すると、さっきまでの激痛が見事に消えて、再び手を振り、前へ前へと足を動かした・・・。そして後方より、便所休憩でタイムラグのあった山路くんより「門屋さん、頑張って下さい!!」とエールが送られたのである。その後、マラソンランナーにとって難関とされている30km地点・35km地点では、自分の足の限界と悪魔の囁きが混じり合い、気力との闘いが待っていた・・・。腕をブンブン振るも、足が前になかなか出ない・・・。足の痛みで涙が出そうになったが、沿道からの声援が再び私の心を救ってくれた・・・。そして38km地点に到達し、再び門屋組本社でマル留戦士たちと会うことができ、大きな大きな勇気をもらうことができたのであった。残す4.195kmは気力だけの勝負となり、棒のようになった足を叩きながら前へ前へと進んだのである・・・。
 15時30分というゴールリミットを意識しながら、何度も何度も携帯電話をズボンから取り出して確認する私・・・。今更ながら、腕時計をしなかったことへの後悔が、沸々と湧き起こってきた。そして何だかんだと、城山公園堀之内横の西堀端までやってきた・・・。もうゴールまで目と鼻の先・・・。最後の気力を振り絞って走っていると、沿道から「あと1分ぞ~、はよ走れ~」と声が聞こえてきた。焦った私は最後の200mを無我夢中で走り、ラストスパートをかけてゴールを目指した・・・。そして・・・感動のゴール・・・と思いきや、無情にもゴールアーチ上のデジタル時計には、6時間45秒と示されていた・・・。45秒・・・。第49回愛媛マラソンでは45秒の重みを体感することとなったのであった。残念ながら、本大会では完走できたものの完走賞は与えてもらわずという、何とも悔しい結果に終わった。
 そんな悔しい思いで帰ってきた私に待っていたのは、おせったいの心に満ち溢れた温かいいも炊きとおもてなしの心であった・・・。(社)松山青年会議所の仲間たちが出迎えてくれて、温かいいも炊きをご馳走になった。そして、ランナー一人ひとりに対し、松山JCメンバーたちはいも炊きを手渡すと同時に、「お疲れ様でした」と声をかけ、拍手で見送るという最高のおもてなしをくれたのである。城山公園堀之内で最高のおもてなしを受けた私は、足を引きずりながら家族の待っている家へと帰宅したのである。こうして、第49回愛媛マラソン支援(いも炊き・写真撮影・応援)、そして、42.195kmの挑戦再び・・・はその幕を閉じたのであった・・・。
 2度目の挑戦である第49回愛媛マラソン大会は、皆さんの期待に反して完走することは出来ませんでした。しかし、この愛媛マラソンに出場して色んなこと得ることができました。何事にも「挑戦する気持ち」、「諦めない気持ち」、「前へ進むという気持ち」、そして応援してくれた地域の方々・家族・門屋組のみんなへの「感謝の気持ち」が更に大きくなったことであります。3度目の正直となる来年迎える第50回愛媛マラソンでは、余裕の完走目指すべく、今年1年間また日々精進して行きたいと思います。応援していただいた皆様、そして最高のおもてなしをしていただいた(社)松山青年会議所の皆様、本当にありがとうございました。心から感謝を申し上げます。
 PS:愛媛マラソン実行委員会の皆様、そして、いも炊きにご協力いただきました椿グループの皆様、今日一日、大変お世話になりました。今後ともよろしくお願い致します。

 『下準備に取り掛かるメンバーたち』

 (社)松山青年会議所の私をはじめとするまつやま未来創造会議メンバーたち(ブルージャンパー隊)は、松山市民の皆様並びにランナーたちへ最高のおもてなし(いも炊き・写真撮影・応援)を行うべく、早朝6時に城山公園堀之内に集結したのであった・・・。

 『メンバーたちからの最高のエール』

 ランナーとして出場する私たちに対し、メンバーたちから最高のエールが送られました。この時は、まだまだ元気いっぱいでした・・・。

 『内山青年会議所の皆様』

 オレンジのオリジナルTシャツを身に纏った内山青年会議所のメンバーの皆様です。まもなくスタートを迎える愛媛マラソンに闘志を燃やしていました・・・。素晴らしいランが期待できること間違いなし・・・。

 『(社)松山青年会議所応援隊の皆様』

 県庁前でしっかりと陣取った(社)松山青年会議所応援隊の皆様です。大会スタート前より、ランナーたちへ勇気を注入する応援の段取りは、今整いました・・・。応援隊、準備完了であります。

 『みんなで協力してお手伝い・・・』

 大会前には、他の団体とみんなで協力してお手伝いにあたりました。こうした流れ作業時に、固い結束力が生まれてきます・・・。

 『おもてなし隊すべての準備完了』

 ブルージャンパーを着込んだ(社)松山青年会議所おもてなし隊は、帽子副理事長、北村室長、岡田副議長を筆頭に、すべての準備が完了したことを告げ、今日一日の動きを再確認することにしました・・・。さて、これよりおもてなし隊の出動です・・・。一方、その頃のスタートゾーンでは・・・↓ ↓ ↓

 『大会スタートの合図・・・』 

 昨年とは大きく違い、言い訳できない最高のコンディションで迎えた第49回愛媛マラソン大会。城山公園堀之内で準備を整えた愛媛マラソンランナー5070人は、A~Eブロックの5ブロックに分けられ、スタートの合図であるピストル音が鳴らされるのを、ただじっと待っていた・・・。そして、時計の針が9時30分を指したと同時に、野志市長からスタートを告げるピストルが鳴らされ、第49回愛媛マラソンは盛大にその幕を開けたのであった・・・。

 『県庁前に陣取った応援隊たち・・・』

 ブルージャンパーを身に纏った(社)松山青年会議所応援隊の皆さんから、大きな大きな声援を受けました。ランナーとして、これほど嬉しい気持ちはありません・・・。みんなの応援、しっかりと受け取りましたよ。

 『5km地点の門屋組本社』

 沿道から大声援が聞こえてくる中、本町通りを越えて、ちょうど5km地点にあたる門屋組本社前までテンポよく辿り着くことができたのであった・・・。

 『門屋組本社前にてハイタッチ』

 5km地点の門屋組本社前にて、応援してくれたマル留戦士たちとハイタッチすることができました。写真を提供していただきました増田室長、一生の思い出に残る写真をありがとうございました。

 『まだまだ余裕の私と山路くん・・・』

 門屋組本社窓に掲げられた「愛媛マラソン出場 門屋社長めざせ!!完走」の看板、そして、いつも会社を支えてくれているマル留戦士たちが法被着用の下、マル留社旗を振りながらランナーたちへ大声援を送っていた。両親、家族も駆けつけてくれて、大きな大きな勇気をもらった私たちは、さらに前へ前へと進んでいった・・・。

 『10km地点に到達』

 マル留法被を羽織って走る私に、「おい、門屋組頑張れよ!!!」「マル留万歳!!!」と声を掛けてくれる沿道からの愛ある地域の応援隊の皆さん・・・。愛ある地域からの応援は、心の芯まで浸み渡った。10K地点に到達し、いよいよ北条バイパスにある2つのトンネル越えをしなくてはならない。「絶対に完走するぞ!!」と心に念じながら、さらに前へと足を進めた・・・。

 『西平会長の背中』

 15K地点に到達した頃、西平と背中に書かれた赤い法被のランナーに遭遇した。昨年(社)松山青年会議所をご卒業された、我ら08会の西平会長だった。苦しい足取りだったが、後ろから「前へ行こう、前へ行こう!!」と声を掛け、ランナー同士でエールを送り合った。この瞬間がマラソンランナーにとって一番の至福の時ではなかろうか・・・。再び勇気を得た私は、さらに前へと駒を進める・・・。

 『昨年のトラウマポイントである20km地点』

 20K地点の看板が見えてきた。昨年はここで足切りされたこともあり、かなりのトラウマとなっていた私だが、ついに昨年を超える快挙を迎えることができたのである。折り返し地点を通過し、さらに前へと足を進めていった・・・が、ここでとうとうアクシデントが発生したのであった・・・。 いきなり足に激痛が走る・・・。そして、あり得ない方向に力が掛かり、突然動けなくなってしまった・・・。急遽道の脇で足を伸ばして、応急処置を施した。すると、さっきまでの激痛が見事に消えて、再び手を振り、前へ前へと足を動かした・・・。そして後方より、便所休憩でタイムラグのあった山路くんより「門屋さん、頑張って下さい!!」とエールが送られたのである。その後、マラソンランナーにとって難関とされている30km地点・35km地点では、自分の足の限界と悪魔の囁きが混じり合い、気力との闘いが待っていた・・・。腕をブンブン振るも、足が前になかなか出ない・・・。足の痛みで涙が出そうになったが、沿道からの声援が再び私の心を救ってくれた・・・。そして38km地点に到達し、再び門屋組本社でマル留戦士たちと会うことができ、大きな大きな勇気をもらうことができたのであった。残す4.195kmは気力だけの勝負となり、棒のようになった足を叩きながら前へ前へと進んだのである・・・。15時30分というゴールリミットを意識しながら、何度も何度も携帯電話をズボンから取り出して確認する私・・・。今更ながら、腕時計をしなかったことへの後悔が、沸々と湧き起こってきた。そして何だかんだと、城山公園堀之内横の西堀端までやってきた・・・。もうゴールまで目と鼻の先・・・。

 『感動のゴールシーン』

 最後の気力を振り絞って走っていると、沿道から「あと1分ぞ~、はよ走れ~」と声が聞こえてきた。焦った私は最後の200mを無我夢中で走り、ラストスパートをかけてゴールを目指した・・・。そして・・・感動のゴール・・・と思いきや、無情にもゴールアーチ上のデジタル時計には、6時間45秒と示されていた・・・。45秒・・・。第49回愛媛マラソンでは45秒の重みを体感することとなったのであった。残念ながら、本大会では完走できたものの完走賞は与えてもらわずという、何とも悔しい結果に終わった・・・↓ ↓ ↓

 『ゴール横に倒れこんでしまった私・・・』

 写真撮影は、ゴール前で私の帰りを待っていた齊会長でありました。ゴール後私は、30秒ほど気を失ってしましました。気力・体力ともに0になった瞬間です。池田直前シニア会長、最後に私を介抱していただきまして、本当にありがとうございました・・・↓ ↓ ↓

 『違う視点からもう一枚・・・』

 ゴール後に倒れこんでしまった私の後ろで、齊会長が嬉しそうに携帯写メを撮っているのがよくわかる一枚です・・・。いや~、真っ白に燃え尽きてしまいました・・・。写真を提供いただき、誠にありがとうございました、ワタナベ@伊予さん!!!

 『写真撮影のおもてなし』

 今年から新しく試みたおもてなしであります、完走者へ一生の記念となる写真撮影が行われました。2時間19分14秒で初優勝された、YONDENクラブの城武 雅選手と、ヤクルトスワローズから駆けつけてくれたツバ九郎さんであります。一生の思い出となったことでしょう。 (社)松山青年会議所ホームページにて、2月9日(水)より2月末日まで、無料ダウンロード開始でございます。

 『いも炊きブースに並んだ長蛇の列』

 (社)松山青年会議所の仲間たちが出迎えてくれて、温かいいも炊きをご馳走になりました。そして、ランナー一人ひとりに対し、松山JCメンバーたちはいも炊きを手渡すと同時に、「お疲れ様でした」と声をかけ、拍手で見送るという最高のおもてなしをくれたのであります。(社)松山青年会議所いも炊き隊・おもてなし隊の皆さん、今日一日、本当にお疲れ様でした。

 『完走賞として・・・』

 45秒の重みを体験した私・・・。残念ながら、本大会では完走できたものの完走賞は与えてもらわずという、何とも悔しい結果に終わってしまったので、一生の思い出に残る記念写真を撮ってもらいました。(社)松山青年会議所写真撮影隊・告知隊の皆さん、今日一日、本当にお疲れ様でした。

 『感謝と御礼のご挨拶』

 16時30分、すべてのおもてなしが終了し、最後のミーティングが行われました。2度目の挑戦である第49回愛媛マラソン大会は、皆さんの期待に反して完走することは出来ませんでした。しかし、この愛媛マラソンに出場して色んなこと得ることができました。何事にも「挑戦する気持ち」、「諦めない気持ち」、「前へ進むという気持ち」、そして応援してくれた地域の方々・家族・門屋組のみんなへの「感謝の気持ち」が更に大きくなったことであります。3度目の正直となる来年迎える第50回愛媛マラソンでは、余裕の完走目指すべく、今年1年間また日々精進して行きたいと思います。応援していただいた皆様、そして最高のおもてなしをしていただいた(社)松山青年会議所の皆様、本当にありがとうございました。心から感謝を申し上げます。愛媛マラソン実行委員会の皆様、そして、いも炊きにご協力いただきました椿グループの皆様、今日一日、大変お世話になりました。今後ともよろしくお願い致します。