株式会社門屋組

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てるひこブログ

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(社)松山青年会議所第4回役員予定者会議

 『まもなく、予定者会議開会』

 11月29日(月)、オオノ開發本社にて、(社)松山青年会議所2011年度第4回役員予定者会議が開会された。本日の予定者会議も、2011年度スローガンである「明るく元気に前向きに!住みなすものは 心なりけり」の掛け声の下、第4回役員予定者会議はその幕を開けたのであった・・・。
 JCIクリード唱和、JC宣言文朗読並びに綱領唱和と、全世界のJAYCEEメンバーと共通する唱和を行い、本日も意識を高めていく私たち・・・。大野理事長予定者の会議進行の下、2011年度を迎えるまでに決めておかなければならない協議予定案件が議論されたのである。本日は私たちまつやま未来創造会議から理事構成メンバーの皆様にご協議願いたい案件が4つあり、議長として初仕事をさせていただいた。そして、多くの貴重なご意見を賜る中、さらに次のステップへの道が切り拓かれていった・・・。こうして、本日の第4回目の役員予定者会議は、実りあるものへとなったのであった・・・。
 本日は、(社)松山青年会議所2011年度第4回役員予定者会議に参加させていただきまして、誠にありがとうございました。当年度と次年度が交差する中で、大野理事長予定者の掲げる「段取り8分、仕事2分」を念頭に置いて、来年までに決めておかなければならないことを早めに段取りして取り組んでいきたいと思います。自覚と責任ある2011年度理事予定者として、松山JCを支えていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。本日の有意義な会議に参加させていただきましたこと、心から感謝申し上げます。本日は誠にありがとうございました。

2010-11-30 13:13 | 青年会議所 | Trackback(1) | Comment(0)

11月度マルトメ安全パトロール

 『三浦工業株式会社研修所食堂増築及び改修工事』

 11月26日(金)、11月度マルトメ安全衛生協議会合同パトロールを実施した。本日のパトロール員は、門屋組から中田部長、一色部長、佐伯さんの3名。マルトメ協力会社から、株式会社神野組(中矢 智氏)、株式会社ナガセ(松岡 計臣氏)、株式会社四電工(百田 敏正氏)の3名。計6名で安全パトロールを実施した。佐伯さんのパトロール報告に基づいて、一日を振り返っていきたいと思う・・・。
 本日のパトロール現場は、三浦工業株式会社研修所食堂増築及び改修工事、高木保育園園舎改築事業工事、姫原TⅡマンション新築工事、梶浦病院増築及び改修工事の4現場を回った。
 最初にパトロールした三浦工業株式会社研修所食堂増築及び改修工事の現場では、鉄筋工事及び電気設備工事が行われていた。脚立をボードに立て掛けているが、仮止めがなかったので注意が必要。転倒防止措置として、脚立は寝かせて置くようにして下さい。また、分電盤取り扱い責任者シールに事業所名はあるが、氏名が明記されていなかったので、取扱者名を明確にして下さい。今後とも、安全意識レベルの向上をよろしくお願いします。
 引き続きパトロールした高木保育園園舎改築事業工事の現場では、鉄筋工事及び型枠工事が施工されていた。KY(危険予知)活動を全社がやっていなかったので、毎日全社が行うようにして下さい。また、鉄筋を間配りする際は静かに行って、近隣への騒音配慮をするようにして下さい。現場一丸となって安全・衛生に留意して施工に臨んでいただきたいと思います。
 引き続きパトロールした姫原TⅡマンション新築工事の現場では、埋め戻し工事が行われていた。西側の通路で桟木に釘が上向きに付いたままだったので、釘養生を施すようにして下さい。また、分電盤取り扱い責任者シールに、氏名はあるが事業所名が明記されていなかったので、事業所名を明記するようにして下さい。近隣の皆様方には騒音等でご迷惑をお掛け致しますが、地域の方々へのコミュニケーションを大事にして、日々の安全管理に取り組んで下さい。よろしくお願いします。
 最後にパトロールした梶浦病院増築及び改修工事の現場では、ALCの建て込み及び耐火被覆吹付工事が施工されていた。パトロール員全員から「手術室、間仕切ってしまったら、真っ暗で見えにくい」と声が上がった。照明を増設し、照度確保に臨んでいただきたいと思います。また、耐火被覆吹付工事ということで、粉塵が飛び交っております。吹付工事作業者だけではなく、そのフロアー全員が防塵マスクを着用するように徹底していただきたいと思います。現場一丸となる為にも、現場監督をはじめ現場入場者全員で、元気で明るい職場を創っていただきたいと思います。よろしくお願いします。

 4現場を回ってパトロール員たちによる、安全ミーティングが行われた。
・今日廻った4現場とも、狭くて安全通路が確保されにくいが、6Sに対する前向きな姿勢が感じられた。もう一工夫すれば、更に進化するだろう。

・細かく見れば小さな粗はあるが、昔に比べれば大幅に綺麗に片付いた現場である。

・職人の挨拶が良く出来ており、気持ち良かった。自社に持ち帰って取り組みたい。

・元気で明るい挨拶が良く出来ていました。

・分電盤の取り扱い責任者名を、もう一度確認して頂きたい。

・良くなっているが、現場によってまだまだ温度差がある。指摘を受けたことを踏まえ、より良く改善して行きたい。

・労働者の普段の健康状態を、各業者でも把握して頂きたい。

 本日は大変お忙しい中、11月度マルトメ安全衛生協議会合同パトロールにご参加いただきまして、誠にありがとうございました。本日皆様から頂戴しました貴重な指導事項は、真摯に受け止め、会社一丸となって改善に取り組んで行きたいと思います。私自身、海外出張で安全パトロールに参加できませんでしたこと、この場をお借りしまして心からお詫び申し上げます。今年も残すところ1ヵ月となりました。今年をいい形で終わらす為にも、更なる元気で明るい挨拶を励行し、しっかりとした大人の姿勢を見せていきたいと思います。地域に愛される現場を協力会社の皆さんと共に目指していきたいと強く思いますので、ご支援・ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。共に明るく元気な建設業を目指していきましょう!!本日もご安全に!!!

 『高木保育園園舎改築事業工事』

 高木保育園園舎改築事業工事の現場では、鉄筋工事及び型枠工事が施工されていた。KY(危険予知)活動を全社がやっていなかったので、毎日全社が行うようにして下さい。また、鉄筋を間配りする際は静かに行って、近隣への騒音配慮をするようにして下さい。現場一丸となって安全・衛生に留意して施工に臨んでいただきたいと思います。

 『姫原TⅡマンション新築工事』
 
 姫原TⅡマンション新築工事の現場では、埋め戻し工事が行われていた。西側の通路で桟木に釘が上向きに付いたままだったので、釘養生を施すようにして下さい。また、分電盤取り扱い責任者シールに、氏名はあるが事業所名が明記されていなかったので、事業所名を明記するようにして下さい。近隣の皆様方には騒音等でご迷惑をお掛け致しますが、地域の方々へのコミュニケーションを大事にして、日々の安全管理に取り組んで下さい。よろしくお願いします。

 『梶浦病院増築及び改修工事』

 梶浦病院増築及び改修工事の現場では、ALCの建て込み及び耐火被覆吹付工事が施工されていた。パトロール員全員から「手術室、間仕切ってしまったら、真っ暗で見えにくい」と声が上がった。照明を増設し、照度確保に臨んでいただきたいと思います。また、耐火被覆吹付工事ということで、粉塵が飛び交っております。吹付工事作業者だけではなく、そのフロアー全員が防塵マスクを着用するように徹底していただきたいと思います。現場一丸となる為にも、現場監督をはじめ現場入場者全員で、元気で明るい職場を創っていただきたいと思います。よろしくお願いします。

2010-11-30 12:53 | 青年会議所 | Trackback(0) | Comment(0)

イッパチ会パラオ研修旅行(最終章)

 『コロール国際空港に到着』

 イッパチ会パラオ研修旅行(最終章)を迎えた。11月23日(火)~28日(日)のパラオ5日間の旅も、残すは日本へ帰国する最終担いとなった。夜中の12時にホテルのロビーに集合した私たちは、4日間お世話になったパラオロイヤルリゾートホテルに別れを告げ、バスに乗り込みコロール国際空港へと向かった・・・。
 バスの中では、パラオの思い出を仲間たちと語った・・・。すると、あっという間にコロール国際空港に到着し、荷物を預け、パラオの国の流儀として35ドルを支払い、出国手続きを行った私たち・・・。そして、飛行機は関西国際空港に向けて飛びたったのであった・・・。
 関西国際空港に到着し、リムジンバスにて伊丹空港に向かい、わが故郷松山へと帰省したのである。こうして、イッパチ会パラオ研修旅行(最終章)は滞りなくすべてのミッションをクリアすることができました。青い海と青い空、珊瑚と熱帯魚たちとの戯れ、先人たちからのメッセージとして世界平和への実現、一生に一度しかない27歳の誕生日、そして一生に残る壮大なアドベンチャー大冒険できたパラオの旅に、心から感謝を申し上げます。また、同行させていただきましたイッパチ会の有志の皆様に、旅行中大変お世話になりましたことを心から厚く御礼を申し上げます。私自身、この旅でまたまた2kg超、肥えてしまいましたが、明日からまた仕事にダイエットに、とことん励んでいきたいと思います。最後に、一生の思い出に残る旅にしてくれたパラオに、深く御礼を申し上げます。5日間、本当にありがとうございました。

 『松山空港に到着』

 関西国際空港に到着し、リムジンバスにて伊丹空港に向かい、わが故郷松山へと帰省したのである。こうして、イッパチ会パラオ研修旅行(最終章)は滞りなくすべてのミッションをクリアすることができました。

                 THE END

2010-11-29 06:37 | 青年会議所 | Trackback(0) | Comment(0)

イッパチ会パラオ研修旅行(五日目)

 『ガラスマオの滝へレッツゴー』

 イッパチ会パラオ研修旅行(五日目)を迎えた。前日の暴風雨とは違い、本日の朝は陽気な太陽が顔を出し大晴天であった。本日はパラオ最終日ということで、コロール島からバスで1時間の場所にあるガラスマオの滝へ向かうことにした。バスに乗り込んだ私たちは、一先ずパラオ果樹園農場に訪れ、パラオの太陽で実った農産物を見学したのであった・・・。
 数十種類もの果物を見学し、その一つひとつを丁寧にガイドさんより教えてもらった。ドラゴンフルーツ・パッションフルーツ・バナナ・キュウリの一種・グァバ・ノニ等、パラオで育つ農産物は数多く存在した・・・。最後にノニジュース体験とフルーツ盛り合わせの試食を行い、パラオ果樹園農場を後にした・・・。
 その後30分の時間を掛け、バスは山道を上り始めた。ガラスマオの滝へ冒険入口に到着したバスから降りた私たちは、専用の靴に履き替え、いざ約40分間のぬかるみや川下り、そして森林をかき分けるアドベンチャーを体験することに・・・。そして汗をかき、赤土の山々を掛け下りた約40分後、私たちはガラスマオの滝という「秘境」を目の当たりにし、大きな感動を手に入れたのである。美しい巨大な滝が私たちの前に現れた・・・。
 天然のマイナスイオンをいっぱい浴びた私たちは、ガラスマオの滝を見ながら弁当を食べ、再びバスの待つ入口へと引き返したのであった・・・。山と川と緑と汗と滝と感動と疲れと汗と満足の壮大なアドベンチャー大冒険の幕は閉じました・・・。
 パラオ滞在最終日となった本日、最後の晩餐を行うべく、ダウンタウンにあるインド料理「the taj」に向かった私たち・・・。美味しいカレーの数々と巨大なロブスターを目の前に、パラオ滞在最終日を過ごしたのであった・・・。明日は夜中の12時より、4日間お世話になったホテルに別れを告げ、日本へと帰国する予定であります。最終最後まで気を抜くことなく、自宅へ帰省したいと思います。今日一日に感謝します。

 『パラオ果樹園農場を見学』

 数十種類もの果物を見学し、その一つひとつを丁寧にガイドさんより教えてもらった。ドラゴンフルーツ・パッションフルーツ・バナナ・キュウリの一種・グァバ・ノニ等、パラオで育つ農産物は数多く存在した・・・。

 『ノニジュースを段取りするガイドさん・・・』

 「はーい、ちょっと待って下さいね~、もう少しで用意できますから~」と、せっせとノニジュースを段取りするガイドさんたち・・・。小さなカップに注がれたノニジュースが、ツアー客一人ひとりに運ばれていった・・・。

 『ノニジュースで乾杯』

 ノニジュースを手渡された私たちは、本日のツアーの無事を祈って乾杯することにした・・・↓ ↓ ↓

 『乾杯後の表情は・・・』

 かなり酸っぱい味だったようです・・・。ノニは日本でも健康食品として取り上げられている物のようです。これで私たちも血液がサラサラになったかな・・・???

 『山に引かれたレールを辿って・・・』

 その昔、アルミニウムの原料であるボーキサイトを運ぶのに利用されたレール・・・。今はもう使われていなかった・・・。

 『山を下りていくとそこは・・・』

 山を下りていくと、「ザーーー」という川の流れる音が聞こえてきました。ガラスマオの大冒険は山から川へと移行する・・・。

 『川にある川壺にダイブ・・・』

 川には、所々に深さ2m以上ある川壺が存在しました。清水さんと越智くんはその川壺目掛けてダイブしました。

 『ガラスマオの滝は目前・・・』

 川が次第に深くなってきたところで、ガイドさんから「滝はもうすぐですよ~」と声が上がりました。余る力を振り絞り、前へ前へと進んだ一行が見たものは・・・↓ ↓ ↓

 『ガラスマオの滝に到達』

 ガラスマオの滝という「秘境」を目の当たりにし、大きな感動を手に入れたのである。美しい巨大な滝が私たちの前に現れた・・・。「来てよかった」と心底感じた瞬間だった・・・。

 『天然のマイナスイオンを浴びる』

 天然のマイナスイオンをいっぱい浴びた私たちは、ガラスマオの滝を見ながら弁当を食べ、再びバスの待つ入口へと引き返したのであった・・・。山と川と緑と汗と滝と感動と疲れと汗と満足の壮大なアドベンチャー大冒険の幕は閉じました・・・。

 『巨大なロブスターと共に・・・』

 パラオ滞在最終日となった本日、最後の晩餐を行うべく、ダウンタウンにあるインド料理「the taj」に向かった私たち・・・。美味しいカレーの数々と巨大なロブスターを目の前に、パラオ滞在最終日を過ごしたのであった・・・。明日へとつづく・・・。

2010-11-28 14:28 | 青年会議所 | Trackback(0) | Comment(0)

11月28日の誕生日

 本日、11月28日(日)は米本さんの誕生日であります。おめでとうございます。何十年も前から門屋組を支えてきてくれた米本さん。いつもマル留ヘルメットをかぶりバイクにまたがる姿には、門屋組にとってなくてはならないもののひとつとなっています。これからもみんなに愛されるいつもニコニコの米本さんでいて下さいね。先日の大川清掃は本当にお疲れ様でした。そんな米本さんも本日は誕生日であります。ご家族と共にゆっくりとお過ごしください。本日は誠におめでとうございます。
 PS:パラオより愛を込めて・・・。

今日は何の日?
 11月28日(日)は、税関記念日(大蔵省1952)、太平洋記念日、親鸞聖人忌にわとりの日(日本養鶏協会1978 毎月)と云われています。

1262年
 浄土真宗の開祖、親鸞上人没。90歳。

1520年
 ポルトガルの航海者マゼランが、 マゼラン海峡を通過して太平洋に。

1843年
 ハワイ独立。

1872年
 徴兵令の詔書。

1872年
 1859年に長崎、神奈川、函館に設置された運上所が「税関」と改称される。

1880年
 北海道初の鉄道開通。

1883年
 わが国初の洋式社交クラブ・鹿鳴館開館。

1982年
 高柳健次郎、日本初のテレビの公開実験。

1954年
 富士山で東大、慶大、日大生が雪崩で集団遭難、死者15人。

1971年
 東北・上越両新幹線起工式。

2010-11-28 00:35 | 青年会議所 | Trackback(0) | Comment(0)

イッパチ会パラオ研修旅行(四日目)

 『暴風雨でのクルージング』

 イッパチ会パラオ研修旅行(四日目)を迎えた。朝起きると、窓から「ザーッ」という音が聞こえてきたのでカーテンを開けてみると、暴風と横殴りの雨で大変なことになっていた。パラオ研修旅行に訪れてから4日目にして初めて雨の中での行動となった。そんな悪天候の下、ロック・アイランド&天国ビーチツアーの冒険が始まった・・・。
 雨合羽を着用して船に乗り込み、約30分間、横殴りの雨に打たれながら到着した場所はミルキーウェイと呼ばれる楽園だった・・・(到着した頃には雨が完全に止んでいた)。今まで見てきた海の色(青色)とは違い、森(緑色)に囲まれたミルキーウェイは、入浴剤を溶かしたような独特な乳白色のライトブルーだった。そして波がなく、鏡のように真っ平らな海面と、海底に沈殿する石灰質の泥がポイントである。この石灰質の泥は体に塗ると絶大な美白と保湿効果があるとの事で、イッパチ会クルーも髪から足の先まで体に泥を塗りまくったのだった。時間の経過を忘れてしまう、ミルキーな一時を送ったのであった・・・。
 ミルキーな一時を送った私たちは、次にマンタが頻繁に出没するといわれるジャーマン・チャンネルに向かった。ここは、人工的に掘削した船舶用水路であった。マンタこそ遭遇できなかったものの、コバルトブルーの美しい海の色が私たちの心を癒してくれた・・・。その後、近くのシュノーケリングポイントで熱帯魚たちと戯れたのであった・・・(ウミガメ・サメ・クマノミを発見することができた)。
 ちょうど昼食の時間となり、ロング・ビーチという名のビーチ・スポットで昼食をとることにした。綺麗な砂浜(パウダーのようなサラサラの砂だった)に上陸し、昼食ポイントのベンチを陣取った私たち・・・。そしてガイドさんが「お弁当です!どうぞ!」と、持ってきた弁当を拝見すると昨日の昼食と同じ韓国料理「やきにく」の弁当だった。2日間連続で韓国料理「やきにく」の弁当を食べることになった一行・・・。昼食後は、太平洋戦争の激戦地であったパラオの海に、半世紀以上も眠っている日本が誇るゼロ戦を見に行くべく、普通船では入れない浅瀬を、ガイドさんたちは無理して私たちを連れて行ってくれた。こうして、ロック・アイランド&天国ビーチツアーの冒険は幕を閉じたのであった・・・。
 奇跡的な大自然の神秘を体験することができた一日に、心から感謝を申し上げます。太陽の沈む頃には、クルーザーでサンセット・ディナークルーズを楽しむことができました。こうして、サプライズ誕生会も大成功に終えた私たちは、明日冒険するガラスマオの滝ツアーを夢見て、大きな期待を膨らます私たちなのであった・・・。明日へとつづく・・・。
 PS:本日は誕生日おめでとうございました。最高の一日になったね!!!

 『ミルキーウェイのライトトブルーを体感』

 今まで見てきた海の色(青色)とは違い、森(緑色)に囲まれたミルキーウェイは、入浴剤を溶かしたような独特な乳白色のライトブルーだった。そして波がなく、鏡のように真っ平らな海面と、海底に沈殿する石灰質の泥がポイントである。この石灰質の泥は体に塗ると絶大な美白と保湿効果があるとの事で、イッパチ会クルーも髪から足の先まで体に泥を塗りまくったのだった。時間の経過を忘れてしまう、ミルキーな一時を送ったのであった・・・。

 『熱帯魚たちと戯れる・・・』

 ミルキーな一時を送った私たちは、次にマンタが頻繁に出没するといわれるジャーマン・チャンネルに向かった。ここは、人工的に掘削した船舶用水路であった。マンタこそ遭遇できなかったものの、コバルトブルーの美しい海の色が私たちの心を癒してくれた・・・。その後、近くのシュノーケリングポイントで熱帯魚たちと戯れたのであった・・・(ウミガメ・サメ・クマノミを発見することができた)。

 『イッパチの輪が完成』

 青い海をバックにイッパチの輪が完成しました。永遠の友情を誓い合いました・・・。

 『シュノーケリング初心者の私が・・・』

 2回に渡るシュノーケリングのおかげで、こんなことができるまで上達してしまいました。耳抜きも克服済みです。

 『海中に眠るゼロ戦と共に・・・』

 昼食後は、太平洋戦争の激戦地であったパラオの海に、半世紀以上も眠っている日本が誇るゼロ戦を見に行くべく、普通船では入れない浅瀬を、ガイドさんたちは無理して私たちを連れて行ってくれた。こうして、ロック・アイランド&天国ビーチツアーの冒険は幕を閉じたのであった・・・。



 太陽の沈む頃には、クルーザーでサンセット・ディナークルーズを楽しみました。沈む夕日に向かって、タイタニックごっこの始まりです。ジャックとローズになりきった其々のペアは、雄大なパラオの海を体験することができました。明日へとつづく・・・。

2010-11-27 07:38 | 青年会議所 | Trackback(0) | Comment(0)

イッパチ会パラオ研修旅行(三日目)

 『いざ、ペリリュー島へGo』

 イッパチ会パラオ研修旅行(三日目)を迎えた。「年に1回はどの会でも行かない場所に行こう!」と決めて、この度のイッパチ会オフ会も3回目となった。2007年には、ハワイのホノルルへと旅立ち、ホノルルマラソン(42.195km)を無事に完走した。2008年には、マカオに旅立ち、233mのバンジージャンプを体験することに成功した、2009年には、まだ発見されて間もない古代遺跡アンコールワットのカンボジアへと旅立ち、普通では味わえない経験をさせてもらった。そして今回の2010年は、パラオ研修旅行である。本日も大晴天の空の下、ペリリュー島の摩訶不思議大冒険が始まる・・・。
 コロール島の南、約50kmに位置するペリリュー島。パラオロイヤルリゾートホテルから出発した私たちを乗せた1隻の船は、青い海原を1時間10分の時間を掛け、ペリリュー島の港であるノース・ドックに到着したのであった。
 面積約13k㎡の小さなペリリュー島には、人口約700名が住んでいる自然味あふれる雰囲気のアイランドである。港で船から車に乗り換えた私たちは、近くにある千人洞窟に行くことに・・・。洞窟に入る前に1礼拝礼し、いざ懐中電灯を片手に洞窟内を散策したのである。そこは、戦争の生々しい姿が今でもそのままに残されていた。火炎瓶に使われていた瓶の数々や弾薬箱やボンベ等が洞窟内に散らばっていた・・・。そして、洞窟出口には火炎放射器の火力で黒焦げになった石灰岩がそこに見られた・・・。その後、戦争記念博物館や第2次世界大戦の戦跡が残るペリリュー日本軍司令部に訪れ、建物が破壊された戦争の悲惨さを目の当たりにしたのであった・・・。
 ちょうど昼時となったので、島の南端にある世界平和を祈念して造られた公園のペリリュー平和記念公園に訪れ、太平洋を背にして弁当を食べることにした(昨日の夜に食べた韓国料理「やきにく」の弁当だったのに驚いた)。そして、お腹も一杯になった私たちは、今でもたまに使われているというペリリュー空港ターミナル(滑走路)を拝見し、動かなくなってしまった今もその姿を残している米軍水陸両用戦車や日本軍防空壕・大砲跡をしっかりとその眼に焼き付けた。最後に山道から続く115段の階段を上り、木でできたテラス状の展望台(ブラッディ・ノーズ・リッジ・モニュメント)から、一瞬言葉を失ってしまうほどの景色がパノラマに広がっていたのであった・・・。こうして、ペリリュー島1日観光ツアーは幕を閉じたのである。
 第2次世界大戦において、最も激しい戦闘が繰り広げられたペリリュー島で、改めて世界平和の大切さを学ぶことができました。無念の残る先人たちの心打たれる手紙の数々や今でも残されている戦車・大砲を見たことで、私たちに戦争の悲惨さを色んな角度から訴えかけてきました。この戦争で生涯を閉じた先人たちに、心からのご冥福をお祈り申し上げます。明日は無限の青が存在するといわれる、ミルキーウェイに赴く予定であります。明日の大冒険を夢見て、大きな期待を膨らます私たちなのであった・・・。明日へとつづく・・・。
 PS:本日、不可解な現象が起きてしまった。千人洞窟潜入したまではマイカメラが機能していたのが、洞窟を抜け出た後にシャッターを切ると全く写らなくなってしまいました・・・。何かあるのか・・・?

 『千人洞窟へ潜入』

 港で船から車に乗り換えた私たちは、近くにある千人洞窟に行くことに・・・。洞窟に入る前に1礼拝礼し、いざ懐中電灯を片手に洞窟内を散策したのである。

 『洞窟内に散らばる瓶の数々・・・』

 戦争の生々しい姿が今でもそのままに残されていた。火炎瓶に使われていた瓶の数々や弾薬箱やボンベ等が洞窟内に散らばっていた・・・。

 『さらに洞窟の奥へと突き進む・・・』

 ガイドさんに説明を受けながら、さらに洞窟の奥へと突き進む私たち・・・。すると、洞窟の天井を見ていた日野さんが「なんかおるで!」と言ったのである。その声に反応した私は、懐中電灯を上に照らしてみた・・・↓ ↓ ↓

 『見たこともない巨大な蜘蛛』

 日本では見たこともない巨大な蜘蛛がこっちを見ていた。これを発見してしまってからは、ガイドさんの説明がまったく頭に入らなかった・・・。

 『戦没者慰霊碑(みたま)に礼拝』

 戦没者慰霊碑に線香を備え、イッパチ会一同礼拝して心からのご冥福をお祈り申し上げました。

 『戦争記念博物館』

 戦争記念博物館に訪れ、建物が破壊された戦争の悲惨さを目の当たりにしたのであった・・・。

 『ペリリュー日本軍司令部跡』

 ペリリュー日本軍司令部跡に訪れ、建物を拝見させてもらいました。建物中心には1トンもの爆撃が落ちた跡があり、壁には銃痕が残るなど、攻撃の凄まじさを目の当たりにしました。建物は強固なRC造だった・・・。

 『ペリリュー空港ターミナル』

 昼食を食べ、お腹も一杯になった私たちは、今でもたまに使われているというペリリュー空港ターミナル(滑走路)を拝見しました。

 『動かなくなってしまった戦車と共に・・・』

 動かなくなってしまった今もその姿を残している戦車と共に記念写真を撮りました。

 『日本軍防空壕・大砲跡』

 この巨大な大砲で、東から攻めてくる米軍戦艦に対し発砲したそうであります。大砲の上には不発弾が残っていました・・・。

 『ブラッディ・ノーズ・リッジ・モニュメント』

 最後に山道から続く115段の階段を上り、木でできたテラス状の展望台(ブラッディ・ノーズ・リッジ・モニュメント)から、一瞬言葉を失ってしまうほどの景色がパノラマに広がっていたのであった・・・。こうして、ペリリュー島1日観光ツアーは幕を閉じたのである。

 『パラオ名物のコウモリスープ』

 本日の締め夕食は、パラオロイヤルリゾートホテルの近くにあるパラオ料理店に訪れました。メニューを見ると、パラオ名物のコウモリスープがあったので、注文してみることにしました。すると、ご丁寧に首にリボンが結ばれたコウモリくんが食卓の前に現れたのであります。コウモリくんは可愛らしい顔をしていました。スープの味は癖のある濃厚なものでありました。美味しかったですよ。

2010-11-26 08:06 | 青年会議所 | Trackback(1) | Comment(0)

イッパチ会パラオ研修旅行(二日目)

 『朝一のホテルからの眺め』 

 イッパチ会パラオ研修旅行(二日目)を迎えた。ホテルの各部屋には、インターネットが完備されてなかったので、早朝よりホテル1階にあるインターネットルームにて、持参していたパソコンにランケーブルを接続してみることにした(1ドル/15分)。しかし、インターネットに接続することができず、悪戦苦闘の1時間が強いられることに・・・。ここで、PC先生の助け舟が必要と、日野先生に手伝ってもらった。そしてまもなく、私のパソコンはインターネットに接続されたのだった・・・。
 午前中はバタバタとする何とも落ち着きのない朝を迎えた私だが、午後からはどこまでも続く青い空と青い海を体感する半日シュノーケリングツアーへと出発することにした私たち・・・。ロックアイランドの島々をボートでクルージングし、シュノーケリングで珊瑚と熱帯魚たちと戯れたのであった・・・。
 シュノーケリング初心者だった私は、足ヒレとシュノーケル付きの水中メガネに戸惑いを感じた。そして、慣れない海での立ち泳ぎでかなりの体力が奪われてしまうことに・・・。しかし、体力消耗の代償以上の感動が、このパラオの海には詰まっていたのである。また、海を感じるべく、「シュコー、シュコー」とシュノーケルから吐き出される息を止め、1分間の間、無になり海と一つになることに徹してみた・・・。すると、「パチッパチッパチッ」と、何かが弾ける音が私の脳に響いてくるのである。この間、私は完全にパラオの海と一つになっていた・・・。こうして、ベテランツアーガイドさんからご指導賜りながらの半日シュノーケリングツアーは、幕を閉じたのであった・・・。 
 
本日は人生で初のシュノーケリングに挑戦しました。日本での急速な体内時計を一旦停止し、大自然に囲まれたパラオの海を感じるという大変貴重な経験をさせていただきました。今日一日の体験と経験に心から感謝しております。イッパチ会の仲間たちと過ごすパラオ研修旅行(三日目)は、第2次世界大戦の激戦地として知られるペリリュー島の散策を予定しています。流血の記憶を現在に伝える戦跡の数々と、美しいビーチを夢見て、明日のパラオライフに備え就寝したのであった・・・。明日へと続く・・・。

 『半日シュノーケリングツアー』

 午前中はバタバタとする何とも落ち着きのない朝を迎えた私だが、午後からはどこまでも続く青い空と青い海を体感する半日シュノーケリングツアーへと出発することにした私たち・・・。ロックアイランドの島々をボートでクルージングし、シュノーケリングで珊瑚と熱帯魚たちと戯れたのであった・・・。

 『ツアーガイドさんからのご指導』

 シュノーケリング初心者だった私は、足ヒレとシュノーケル付きの水中メガネに戸惑いを感じた。しかし、ベテランツアーガイドさんから丁寧にご指導賜った私たちは、難なく美しい海へ飛び込むことに成功したのであった・・・。

 『珊瑚と熱帯魚たちのワルツ』

 海を感じるべく、「シュコー、シュコー」とシュノーケルから吐き出される息を止め、1分間の間、無になり海と一つになることに徹してみた・・・。すると、「パチッパチッパチッ」と、何かが弾ける音が私の脳に響いてくるのである。この間、私は完全にパラオの海と一つになっていた・・・。

 『イッパチ会パラオの海を制覇』

 最後に、ベテランツアーガイドさんに海の中での写真撮影をしてもらいました。最高の記念になりました。

 『韓国料理「やきにく」』

 半日シュノーケリングツアーで疲れ果てた私たちは、パラオの街ダウンタウンにある韓国料理「やきにく」に訪れたのであった・・・。焼肉奉行である日野さんの手によって、骨付きカルビと骨なしカルビが捌かれていった・・・。今日一日に感謝します。明日へとつづく・・・。

2010-11-25 07:55 | 青年会議所 | Trackback(0) | Comment(0)

イッパチ会パラオ研修旅行(一日目)

 『松山空港から伊丹空港へ・・・』

 11月23日(火)、イッパチ会パラオ研修旅行(一日目)に旅立つべく、松山空港から伊丹空港へ飛んだ6名のイッパチ会有志一同・・・。日本から南へ約3,000km離れた、太平洋に浮かぶ自然の宝庫であるパラオ。パラオ研修旅行5日間の旅が今始まった・・・。
 伊丹空港に到着し、リムジンバスにて関西国際空港を目指す私たち・・・。頭の中は青い海のイメージが湧いてくる。未だ行ったことのない国を想像しているうちに、あっという間に関西国際空港に到着したのであった。
 関西国際空港に到着してから、出国手続きや日本円をドルに換金する等、旅立ちに備えた私たち・・・。空港内を移動中「ズキッズキッ」と、早朝、坊っちゃんマラソンで10km走った足が、次第に悲鳴を挙げだしてきた。飛行機に乗り込むまでの辛抱と、重くなってきた足を気合で一歩一歩前進させた。こうして、コロール国際空港に向けて飛行機は、日本を飛びたったのであった・・・。
 フライト時間の間、映画を観る元気もなく、殆どの時間を睡眠して過ごし、マラソンで削られた体力の回復に備えたのであった。約4時間のフライトの末、コロール国際空港に到着した。時計の針は22時30分を示していた・・・。
 バスに乗り、本日より4日間お世話になるパラオロイヤルリゾートに向かう私たち・・・。そして、難なくチェックインを果たした私たちは、明日からの摩訶不思議パラオライフに備え就寝したのであった・・・。明日へと続く・・・。
 PS:パラオ共和国は1981年に自治政府として発足した国である。人口はおよそ2万人で、全体の7割がパラオ人で残りの大半はフィリピン人で占められている。日本との時差はなく、海洋性熱帯気候の高温多湿で、気温は年間を通してほぼ一定している。通貨は主にアメリカドルが使用されている。パラオの国旗は、サンゴ礁の海を表す青地に満月という簡素なデザインは、平和と静寂、そして海の豊かさを表している。日本の日の丸とは対照的に、満月をイメージしたものであった。

 『日本円をドルに換金』

 関西国際空港にて、日本円をドルに換金した私たち・・・。換金レートは、1ドル86円だった。

 『コロナビールで乾杯』

 自宅から11時間の移動時間を経て、宿泊先であるパラオロイヤルリゾートに到着した私たち・・・。チェックイン後、ホテルのカフェで旅の無事を祝して乾杯しました。明日へとつづく・・・。 

2010-11-24 09:50 | 青年会議所 | Trackback(1) | Comment(0)

第10回坊っちゃん一緒にらんランRUN大会

 『坊っちゃんマラソン10kmの部、まもなくスタート』

 11月23日(火)勤労感謝の日、第10回坊っちゃん一緒にらんランRUN大会が、松山中央公園で開催された。昨日の冷えた雨とは打って変わり、本日は晴天で今大会を迎えることができた。妻と奏来が見守る中、まもなくスタートのピストルの合図が鳴らされた。
 ハーフマラソン(21.0975km)、10kmマラソン、イチワリマラソン(4.2195km)の3つの種目の中で、私は10kmマラソンを走った。イッパチ会のメンバーたちも、各々ハーフマラソンや10kmマラソンに挑戦し、一緒にらんランRUNしたのであった。昨年の第9回坊っちゃん一緒にらんランRUN大会で私は、1時間5秒というタイムで惜しくも1時間超えという結果に終わってしまった・・・。さて、今回節目である第10回のらんランRUN大会は、どんな結果が待っているのか・・・。
 スタートの合図と同時に、和太鼓でランナーたちの体を一気に覚醒させる。軽快にスタートを切ったランナーたちは、運動場から外へと走り出していった。私の場合は、この運動場のたった1周だけで息切れを起こしてしまう・・・。さすがに、昨日の2時30分帰宅が堪えたのか・・・。3時間しか寝れなかった体は、相当堪えているようだ・・・。そんな顔を曇らせた表情を妻は見逃さなかった・・・。しばらく自分との闘いが始まった。「スッスッハッハッ、スッスッハッハッ」・・・。息使いが次第に良くなってきた。5km地点の折り返しに到達した時には、一時ランナーズハイになり、少々ピッチが上がっていく。いい感じだ・・・。
 しかし、突然苦しさが私を襲ってくる。10kmマラソンでよくある、魔の7kmである。ここが一番の正念場。足の痛みと苦しさに耐え、何とか足を止めずに必死にゴールを目指していく・・・。
 やっとゴールが見えてきた。もう少しだ・・・。最後のラストスパートをかけていく。50m、40m、30m・・・、だんだん近づいてくるゴールの横に妻と奏来の顔が見えた・・・。家族が待っているという、いつもとは一味違う10kmマラソンを完走することが出来ました。記録は、前回から1分以上も上乗せされた1時間1分16秒であった。第49回愛媛マラソンまでの道程は、非常に厳しいものとなった・・・。
 節目の第10回坊っちゃん一緒にらんランRUN大会を、全国のランナーたちと共に楽しく走ることができました。また今後は、マラソンを通じて、愛媛・松山の活性化、そして仲間との絆、更にはいつ何時も挑戦する気持ちを持ち続けることを念頭に入れて、走り続けていきたいと思います。坊っちゃんマラソン実行委員会の皆様、そしてイッパチ会のメンバーの皆様、楽しく走らさせていただきましたことに心から感謝を申し上げます。本日は誠にありがとうございました。坊っちゃんマラソン終了後、イッパチ会パラオ研修旅行へと旅立つべく、松山空港に向かった・・・。
 PS:14時キックオフされた第90回全国高校ラグビー大会県決勝戦、両チームのラグビー魂を見せていただきました。北条高校さん、花園でも愛媛代表としてご活躍されますことを心からお祈りしております。準優勝の三島高校さん、ナイスファイトでした。

 『10kmの部、見事ゴール』

 イッパチ会のメンバーと共に、10kmの部を見事ゴールすることができました。この瞬間がランナーにとって一番の至福の時であります。本日は誠にありがとうございました。

2010-11-24 07:35 | 青年会議所 | Trackback(0) | Comment(0)

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