株式会社門屋組

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- 門屋組とは 沿革 メディア掲載 -

マル留の名の下に

「誠実一途」「顧客本位」創業者からの伝統脈々

門屋組の社章は○の中に「留」の一字が入っています。単純にして簡潔、現代的な感覚からすれば、いささか古風でもあります。建設業界では、とりわけバブル経済のころに目立ちましたが、大手を含めて社名から「組」の文字を外すように改称、あるいは社章をモダンに図案化するところが少なくありませんでした。しかし、社名も社章も創業以来変わることはありません。弊社の創業は明治四十三(1910)年。社章の「留」は、県内総合建築業の草分けとして事業を起こした現社長の祖父、留一郎(故人)の名からとられました。「この長期にわたる伝統を踏まえてこそ、門屋組のアイデンティティーは確固として揺らぐことがない」と私達は考えます。
創業者の留一郎は地味な人柄で、黙々と誠実に顧客本位の仕事ぶりを評価されました。その誠実一途(いちず)、顧客本位という気風が門屋組に一貫するものとして、現在まで受け継がれております。お客様に「満足していただこう」という社訓は、厳然とした経営の基本姿勢でもあります。

業種を超えた人的ネットワークを築く

私達の完工実績の特色は、公共事業が比較的少なく、民間工事が多いということが挙げられます。県内有力企業をはじめ多くの医療施設関係からの工事がその一例です。医療施設は、特に神経のいきとどいた細心の仕事を要求されますが、その完工実績が多いということは、誠実な仕事ぶりを発注者に評価していただいている証だと考えております。ですが実をいうと、この評価の根底には人と人とのつながりもあります。
弊社の歴史は長いですが、それは二つの世界大戦に象徴されるように激動の九十一年であり、好不況もあれば浮沈もありました。現社長が二十五歳の若さで代表取締役の座に就いた昭和三十二(1957)年当時、門屋組は苦境のどん底でした。会社立て直しに奮闘する若い社長に多くの温かい励ましが寄せられました。そして、総合建設業として今日に至るまでの道程には、この苦難の時代から始まった人的交流の広がりが無視できません。

時代を超えて不変なこと

建設業で最も肝要なことは、いかに発注者(施主)の期待にこたえる結果を出すことができるかどうかだと私達は考えます。要は発注者のニーズを「きちん」と捉(とら)え、即座にこたえる体制づくりが重要です。これを現場に浸透・定着させるには人材の育成がすべてであり、より一層の充実を目指しております。時代の流れは、この業界にも変革を求め、競争性の実現、品質を一定水準に維持・向上させたうえでのコスト縮減などの課題を突きつけております。私達はこれを、避けることの出来ないトレンドとして受け止め、今日の社会的背景とニーズにきめ細かく対応していく努力をおこたりません。
本社サイドでは、早い時期からIT化をにらみ、現場を含めてパソコンを一人一台持たせ運用、今では末端まで浸透し、同社の大きなエネルギーになって厚みのある技術集団を形成しております。しかし、結局行き当たるのは人間関係であります。一つの仕事に異なる職種の人々が共同体を組んで当たる「組」の名を、現社長が誇りとするのも、人間関係を大切にするからであり、門屋組にあっては、それは時代を超えて不変であります。

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創業者 門屋留一郎 会長 門屋知照 現社長 門屋齊
▲ 創業者 門屋留一郎 ▲ 二代目 門屋知照 ▲ 三代目 門屋齊
三代目小学生時代 三代目大学時代
▲ 三代目小学生時代 ▲ 三代目大学時代
昭和8年当時の製材所 抱かれているのが現社長

▲ 昭和8年当時の製材所 抱かれているのが現社長

四国八十八ヶ所53番札所、須賀山・圓明寺解体時に見つかった、留一郎の名が書かれた棟木(大正2年普請

▲ 四国八十八ヶ所53番札所、須賀山・圓明寺解体時に見つかった
  留一郎の名が書かれた棟木(大正2年普請)

門屋組本社外観

▲ 門屋組本社外観

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